2011年6月27日月曜日

Tシャツ


今日、牧師先生が買ってきたTシャツ。


こっちは背中側。

この“宮古市はかならずや復興いたします”というのは、毎朝宮古市の広報放送が市内を流れる際の締めのセリフ。

この広報放送、ワタシが4月5日に初めて宮古を訪れる以前から、ずっと毎朝流れています。
広報の内容自体は震災後の手続きなどの内容が主になります。
最初の頃は被災証明の取り方やガレキの撤去や不明者捜索についてなど、最近では高速無料の為の申請方法などetc。
内容が少しずつ“軽く”なってきているように感じています。


本日作業させて頂いた方のお宅の納戸。
津波で水浸しになった後、床板剥がしなどをせずにそのままだったものを、3ヶ月以上経って依頼が有りやっと掃除に着手。
床下の隅の方はまだ湿気がひどくヘドロがへばり付いている。

このお宅の作業の最中に足りなくなってきた物を教会の倉庫へ取りに行く際、以前片付けをさせて頂いた魚屋さんの前を通り、魚屋さんの親父さんとしばらく話し込む。
この魚屋さんの片付けをさせて頂いたのは4月の初め。
我々の作業は結構大変だったのですが親父さん曰く、早めに片付けてもらってすぐに大工さんに入って貰う事が出来てホントに良かった、と


被災者の方の認識はそれぞれです。
どういう優先順位で身の回りを片付けていくか、手続きをしていくか、何かを捨て何を残すのか…
我々では到底測り知る事が出来ない判断を日常として迫られ、こなしています。
身も心も潰される思いの方は大勢いらっしゃるでしょう。

でも、宮古の被災者の方々と接している我々は信じて疑いません。
“宮古市はかならずや復興いたします”と。

(石関)

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